インスタが流行るのは、言葉が失われたから。

日常

可愛いデコデコ写真より、不細工にも振り絞った一片の言葉。

昨日のブログにコメントを頂きました。
私のブログ、あまり普段コメントが付くことがないので、ビックリしました。

何度も何度も読み返しました。
超いいね!100回押したいくらいです。
ありがとうございました

Facebookにコメント頂きました。
返信したところ、メッセンジャーの方にも連絡してくれました。
ほろ酔いの中やり取りができて、イイ時間でした。
「コロナが明けたら飲みましょう」と伝えました(^^ゞ
実現させましょう。

 

今はインスタが流行っているけども、苦戦しながらも自分の気持ちを言葉にしていくことの方が、よっぽど人生の質を高めるように感じております。
私はそう思っています。

以前花谷先生が、「自分の子供が将来『親父ってどんなだったのだろう』と思った時に読めるようにしておく」ことの意味を、セミナーでお話されたことがありました。
「そのためにも書け」と。
もし、親父が何か残していたら、読んでみたいなと思いますよね。
きっと哭いて読むよ。うちの奥さんが(笑)
それが今風のキラキラデコレーション(って言うのかな??)がかった、やたら目がデカく、肌が異常に白く、毛穴ゼロの誰だかわからぬ写真ばかりだったら。
「うちの親はいい歳コイて何をやってたんだ」とガックリきちゃう。
m(__)mごめん。
そういうのもあっても面白いけども、それだけではやっぱり悲しい。
インスタが流行るのはそれだけ言葉の重みが失われたからだと感じている。
今ほど言葉の重みが失われた時代って、おそらくないでしょう?
だから手軽なインスタが流行るのだと思ってみています。

デコデコの楽しそうな写真よりも、日々苦悩したこと、日々こんなことに感動し、こんなことに涙し、こんなことに打ち込んだという真の人間の姿が垣間見れる文章が残っていたら。
「あー、こういう人だったんだな」って感じると思うんだよな。
深い部分で。

現状、私には子供がおりませんし、この先どうなるかは神のみぞ知る世界ではありますが、香織先生のとこの海ちゃん&夏くんが、「そういえば、母ちゃんと仕事してよく遊んでくれた射水のオッチャンて、どんなだったのだろう」と思って、将来読むかもしれませんよね。
その時、「あー、うちの母ちゃんはこういう人と一緒に仕事をしていたのか」と。
香織先生という人物も同時に浮き上がってくるわけですよね。
だからやっぱり、その都度本気で感じているコトしか書けないじゃないですか。
「うちの母ちゃんクソメンドクセーヤツと仕事してたんだな」って思ってもらえたら本望よ。

今は子供が親以外の大人と関わる機会が少ないように感じます。
私が子供の頃は、なんだかよくわからない近所のオジチャンともよく話していたし、叱られたりもした。
悪いことをすれば、友達の親父にも正座させられ叱られた。
野球の監督やコーチなんて怖くて仕方がなかった。
あと、歯がないオッチャンとかね。
面白いオッチャンもたくさんいた。
公園に住んでるオッチャンとも仲良くなり、学校で軽く問題になったこともあったっけ。
とにかく、身の回りに大人がいた。
近隣地域の大人との関わりがたくさんあったように思うのです。

今は当時ほどないでしょう。
他人の子供など叱ろうものなら、何とかハラにすぐになってしまいそうです。
子供が脆くなったのではなく、本当は大人が脆いからだよね。
我々大人の責任だ。
恐ろしい世の中だ。
この先もっと密な関わりは減っていきますよね。
それこそオンラインでの繋がりが主で。
どちらも知る世代としては、我々世代がギリなのかなと。
「古き良き」ではないですが、古きコトの中には、たくさん人の温かみがありましたよね。
今は手書きではなく、機械的な文字がほとんどです。
だからカフェなどで使う手書きのノートも良いですよね。
これからは益々手書きが減りますから。

もしかしたら将来、海&夏が読むかもしれないと思い、毎日書いております。
できる限りの気持ちを乗せて。

P.S.
自分の思いを出して行くということは、どんどん嫌われていくということです。
そう思っていれば間違いありません。
賛同は求めない。
気が楽です。
本を読むということは、人と話が合わなくなっていくことだと、何かで読んだ。
そうだと思います。
テレビ漬けの人と本漬けの人で、会話が交わるハズがないと思うのだ。
こればかりは、仕方がないのだ。
テレビをぶっ壊して(消してm(__)m)もっと読書して、ガンガン嫌われましょうよ。

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関節エステプロフェッショナルアカデミー代表の射水徹です。

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