富山研修で、射水神社へ。【自分のことは全て捨てるくらいが、丁度善い。】

自分以外の何ものかに、尽くして往こう。

治療家軍団で富山県に研修です。

たくさんまわったのですが、射水だけに射水神社が一番心地良かったです(超個人的です)。
以前行った射水神社の大元が、こちらだそうです。
知らなかった。
この旅に導いてくれた宮本ヌシカン(神主)先生が、「やっぱり射水先生はこの地に深いご縁がありますよ。神様が喜んでおります」と伝えて下さいました。

「神様が射水先生のことを『おー久し振り』って感じで言っておりますから、射水先生からももっと近づいていって下さい。」

宮本ヌシカン先生は、私たち一人一人に違うアドバイスをして下さいました。

 

最後の気多神社では、神主さんが私たちのためにいろいろとお話しして下さいました。

印象的だったのは、「心」と言いながら手が「腹(肚)」を示していたこと。
気多神社の神主さんの身体観として、「心は肚にある」のです。
昔の人にとって心は当たり前に肚にあったのだろうと。

執行草舟先生の文献によりますと、昔は死というものを、内臓機能全体の停止ということで判断していたようです。
今のように、人間の生命を心臓や脳に限定していなかった。
「歴史的には大体、胃腸機能の停止が死の判定に使われてきたのです」とあります。
「食べれなくなれば死ぬ」ということだったのです。
今の子供たちに、「身体で一番大事な場所はどこ?」と聞くと、多くは、「脳が一番大事」と答えるでしょう。
それが昔は腹だった。
切腹も生命の源を断ち切ることで、二度と生き返ることがないという意味があったのです。

「神様には本音しか届きません。どんなに願いを伝えたって届きません。そんなことより、苦しいなら『神様いま苦しいです』と伝えることです。昔からそうやって神様に本音を話ながら、人々は解決のヒントを得て生きて来たのですよ。」

「本音を伝えることで心をかるくしておかないと、魂が天に昇れません。重くなった魂は天に昇れずその地におちてしまいます。」

参拝する私たちを見て何かを感じたのか、神主さんからそんなお話を頂きました。

「よし、もう一回参拝しなおそう。」

僕ら全員素直ですね。(笑)

 

最後に、神主さんが言っておりました。
「自分のことばかり言ってる人の声は神様には届きません」と。

「自分以外の者、地域社会、国家の安泰を願う人の話を、神様は聞くのですよ。」

最後の参拝は、全員「誰か」を思ったことでしょう。

私のように自分事に染まり切って生きてきた身としては、自分のことは全て捨てるくらいが丁度善いのです。
それでトントンなのです。
つまり現状、まったくもってトントンにもなれていないということなのですが。m(__)m

日本にも世界にも、故人にはそうやって生き抜いた人物がいるのです。
文献を通じてそういった事実を知ることができる。
文献を通じて故人と対話できるのです。
その生き様に憧れます。
自分以外の何ものかに尽くして往こう。
行き詰った時、そこに立ち返ろう。

そんな気持ちにさせて頂ける、最高の研修でした。

P.S.
昨年いろいろあった際、仲間が声をかけてくれました。
今回の研修に参加できて良かったです。
また皆で必ず行きましょう。
夜は笑ったなぁ。

【マムシが4匹いる、とんがり山山頂にて。】

P.S.2

【私の焼酎です。】

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