その嘘、止めません?

日常

今朝も6時45分のカフェオープンに合わせて五反田へ。

なぜか早朝からドトール大行列…

五反田、何かあるのだろうか?

 

最近は電車で来てしまうことが多い。
五反田駅から院に向かう途中にドトールがあるので、その方が効率が良いのです。

ただこの効率というものは厄介で、効率を求め過ぎると物事はうまく行かなくなる。
例えば、このドトールへの効率的な到着を求めることで、20分弱歩いてくるという唯一の運動が奪われてしまう。
やはり歩かないと。

 

若い頃は感じることはなかったが、
ここ最近になって、歩けるということの大切さを感じる。

皆さんも施術をしていて感じませんか?

通っている方々の何が弱いって足(脚)ですよ。

皆「脚が固い」とおっしゃいますが、いやいや、今は「ぽちゃぽちゃ」だらけ。

力がない。

脚に力がない=老化です。
老化と言えば、腎虚ともいえる。
腰痛も「脚がない病」ですから。

 

今回の私の背中の痛みも、ここ最近の効率化生活により、労を惜しみすぎなのかもしれない。

 

なんとなく、そう感じました。

もう「痛い」という感じではないですが、今もまだある特定の動きでは違和感を感じる。
まぁ、痛いと言えば痛い。
ピーク時の20%は変わらず。

やはり今回のものは内臓なのでしょう(たぶん)。

 

ただ、病院へは行かない。

要は、ギリギリまで行かない(笑)

ほとんどの人はまったくノーマークなのでしょうけれども、今は検査のし過ぎで病気が増えているともいえる。

これは2つの意味があり、

ひとつは、数値で病気にされてしまう(医師からのみならず、本人が「私は●●病である」というレッテルを自分に貼ってしまう)。
体調が良くても、つまり症状が仮になくても、病気にされて(なって)しまう。

もう一つは、
放射線や強力な電磁波など。
目に見えぬ、「この程度は安全ですよ」が後々の病に繋がっている可能性は考えないといけない。

特に日本は検査のし過ぎ大国でしょ?

毎年健康診断する意味が解らない。

そもそも、身長や体重など、測ってなんの意味があるのかすら謎だが、誰もそんなことは考えない。

 

バリウムなんて飲むものじゃないと思っている。
だから私は行かない。
用もないのに(元気なのに)検査をし、わざわざ病気を見つける意味が解らないのだ。
そんなの探せばいくらでも見つかるのが普通だ。
精密検査をすればするほど、悪いところだらけだろう(笑)

早期発見と言われるが、癌など早期発見の時点で数十年ものです。

目に見えるレベルになるまでに、それだけの年月を要しているのがほとんどで。

今は通称「ターボ」なんてものも増加しているそうですが、
なんでもかんでも、なんの疑問も持たずに、ホイホイ体内に注入していれば、何か起きても不思議ではないと私は思う。

だってすべて、「薬剤」ですから。
それだけで肝臓・腎臓は疲弊する。

そもそも、そんなものを入れる必要があるのか?を今一度、考えないといけません。

どうせまた、「次」がきますよ。

でも、この6年の総括をしない日本人にとっては、また多くの人は(さすがにちょっとはおかしいな?と思っている人も増えたであろうが)、なんの疑問も呈さずに同じことを繰り返すでしょう。

 

こういうことを書くとすぐに怒る人もいるが、
モノ言えぬ時代ほど恐ろしいものはない。

もう世界はジョージ・オーウェルの世界です。

特に日本は、なかなか酷い方に分類されるだろう。

世界の情報自由度71位だか72位とのことです(調べてみて)。

昔、隣の国の人たちのことを、「本当の情報が流れないらしいよ、かわいそうね」なんて言っていませんでした??

今はそれが、我が国です。

※ エステティシャン→日本国 ですね

 

 

こんな世界を元気よく、スイスイ泳ぎましょう。

言っても、自分がどう生きるかです。

国のせいにはできないのです。

自分が自分に与えられた生命を、使い切ることしかありません。

 

自分に向いた矢印を、外に向けよう。

自分が自分がではなく、あの人、その人、目の前の人に向けよ。

自分が気持ち良くなりたいのならば、今目の前の人を幸せにすれば良い。

つまり、自分の幸せなど考えるものではない。

私たちにできることは、それだけなのだから。

 

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toru-imizu

関節エステプロフェッショナルアカデミー代表の射水徹です。

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