今こそ、問いを持つ時だ。

アカデミー日記

人の善し悪しを裁くほど、私はできた人間なのか?

今朝、マスターメンバーの秀美さんから治療院に電話を頂きました。

「直接お礼を言いたくて」と。
久し振りに声を聴けて嬉しかったなぁ。
観葉植物まで贈って頂き、さきほど届きました。
キュウリみたいでなんかウケます(^^ゞ

空気を浄化するんですって。
大切にしますね。

通信にしても、レポートにしても、私が勝手にしていることです。
でも、気持ちを届けてくれることは有り難いですし、嬉しいです。
秀美さんとはコロナが明けたら、飲みに行かないとね。
楽しみにしております。

 

香織先生がよく行く戸越銀座商店街のお店が休業したそうな。
LINE@で連絡がきたそうです。
連日の「商店街の混雑報道」で、商店街の事務所に「殺人商店街」とクレームがきているとのこと。
それを聞いたお店側が、「本当にショックです」と。
個人商店がどんどんお店を閉め始めたようです。

どうせ匿名の顔も名前もわからない卑怯者の暇人がすることですから、ショックなど受けてる場合ではない。
言わせておけばよい。
堂々としてほしいですね。

メディアもメディアですから。
わざわざ「どうでもいいこと」を撮影しに来るなという話です。
戸越住民からしたら余計なお世話よ。
放っとけって。
メディアが話をデカくしているのだ。
住んでいる私から言わせれば、平日なんてもう夜は人がいませんよ。
居酒屋も閉まってます。
いつもは賑わっていますが、私の帰り道なんてもう人がいないし、真っ暗よ。
メディアに振り回されてるのもダサイのよ。
そろそろ本気で、全員がテレビつけるのやめたらいいんじゃないかな。
どうせ毎日、「〇〇人増えました」しかやっていないのだろうから。

 

執行草舟先生の「現代の考察」に、「大衆社会」の定義が書かれております。
今の我々のことです。
この定義は、ゼーレン・キルケゴールが170年前に、すでに以下のように書いているのだそうです。

【大衆社会とは】

・消費、物質、金銭を神と崇める社会

・分別と無気力の社会

・すべての人が評論家になる社会

・情熱が全く失われた社会

・妬みによって起こる水平化社会

・マスメディアに操作される社会

・疑似環境による非現実の生活

・自己責任が消滅する社会

・気晴らしと娯楽を求める社会

【現代の考察 第3章民主主義とは何か348~355頁より】

箇条書きにするとこうですが、笑えない話ですよね。
「我々のことだな」と。
時間のある今こそ、人が言えない本当のことが書かれている名著に触れて欲しい。
納得がいかず、反発したくなる人もいるかもしれませんが、それこそが「良い読書」だと思いますよ。
問いを見つけるために読むのです。
自分の考えと同じ本、自分の知っていることばかりが書かれている本、耳ざわりの良い読みやすい本など、読んでもしょうがないと感じます。
そんなものを大量に読んでも、精神は立脚しない。
少なくとも、私はそうだった。
私は執行先生の書を通じて、いつも頭をガツンと殴られ、背中をドカンと蹴飛ばして頂きながら、前に進むことができております。

【いまもわからないことだらけです。】

テレビを観て、それを常識だと思い込むのは怖いことです。
SNSも同じですよね。
会ったこともない人の話を、毎日観て、聞いて、信じ込んでいるのです。
テレビなんて人気芸能人の話ばかりじゃないですか。
ワイドショーなんて、なんの問が見つかりますか。
自分の人生にまったく関係のない人の話ばかりですよ。
上記の「気晴らしと娯楽を求める社会(人間)」そのままじゃないですか。
でもそんな情報をもとに、多くの人の常識が出来上がるのですから、怖いですよね。

今は、「人気のあるものが良いもの」と、おかしな方向に社会全体が流れている。
「人気があるものが優れたもの」となる社会を、「虚無主義の社会」というのだそうです。
虚無とは、「価値観がない」ということです。
価値観がないから、「人気が価値」となっているのです。
そんな社会になってしまった。
誰に価値観がないのか。
我々です。
だから「登録者が100万人超えました」と数で喜び、またその数を凄いと言うわけですね。
「数」でしか価値を感じれなくなっているのだとしたら、「虚無化した人間」となっているということです。
都知事が人気ユーチューバーと対談したようですけど。
そういう人たちの言う事に価値があると思い込む人々を、「大衆」というのです。

どうして価値観がないのか。

生活に問いを失ったからだ。
テレビとSNSばかり追いかけているからではないでしょうか。
でも、価値観がないなんて、そもそも思ってもいないのですから、ちょっと怖くないですか?

 

昨日、散歩の時、「スマホ置いていくか。あ、でも写真とって明日のブログに使おうかな」と言ったら、「もし万が一感染したら『外出するからだよ』とかいろいろと言われちゃうよ」と奥さんが言いました。
「たしかにそうかぁ。」
スマホを置いて散歩に出掛けました。
もう今はどっか外出して、もし後日感染しようものなら、「そらみたことか」と批判を浴びるシステムなのか?
皆が皆を見張るような社会に、本当になってきたということか。
これって怖いことだろ?
「あの人はマスクしてない。」
「店舗で食べるとか信じられない。持ち帰りがあるのに。」
「あの店は20時以降も営業してる。最悪だ。」
「あの人、商店街に家族みんなで歩いてた。どうしようもない。」
「渋谷に人がいないのに、あの商店街には人が溢れている。何をしているんだ。」
どっかの国の話かと思っていたことが、ここでも起こってきていることに、違和感はないのか?

大丈夫か?この国は。

これでいいのか?俺たちは。

そんな風に感じて過ごしております。
自分の(しかもほぼメディアの)ものさしで、人の善し悪しを裁くほど、私はできた人間なのか?
一歩も二歩も三歩も引いた視点で、今一度考えてみる必要がある。

 

自分が信ずることを自分がやっていく以外に、できることなどありません。
私自身は、今はカフェには行かないと決めている。
いつも行っていたタリーズがお休みですし、どうも行く気が起きない。
散歩はすると決めている。
昨日は朝から10キロも奥さんとただただ話ながら歩いた。
混んでいるところにはわざわざ行かない。
お世話になっているお店には、今まで通り変わらず行く。
平日ランチは、遊庵(蕎麦屋)、世野新(とんかつや)、バガット(イタリアン)に行くと決めている(この3店舗しか行かない。今は個人店にしか行く気がない)。
身体が要求するかしないかで、決めています。

話を聞くと、どのお店も皆さん大変そうです。
でも、皆さんが営業されていると、安心します。
変わらずいつもの笑顔で、歯を食いしばっておりますね。
私はそういう人たちが大好きです。

P.S.
今日のランチも、いつも通り。
ロースカツ定食にカキフライを2つトッピングでした。
「顔のある個人店」がやっぱり好きだ。

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関節エステプロフェッショナルアカデミー代表の射水徹です。

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