「そこの君!そもそも自信、あったのかい?」

以前、「先生、私自信がなくなってきました」と言われた時、「そもそも自信あったの?」と聞き返してしまいました。
自信なんて必要のないものだからです。

自信は、「ない方がよい」のではなく、自信は、「持ってはいけない」ものだ。
「あなた、もっと自信を持ってやろうよ!」など、論外ということです。

自信は「他人から見て勝手にそう評価されるもの」であって、自分で「私、自信あるんですよ」というものではない。
執行草舟氏の著書、「生くる」から教えて頂いたことです。
2015年にこの書を読むまでは、私も「自信をもって」と思っていました。
自分に「自信を持たねばならない」と。
それが、「的外れな傲慢な思考」だということも、知りませんでした。

自信とは自ら持つものではなく、他者から与えられる一つの評価基準を言う。自分が持つものではなく、他人が持つ思いなのだ。

「生くる」には、そう書いてあります。
如何に自信を持つことがアホのすることなのかは、例をあげて理由も書いてありますので、それは読んでみて欲しい。

 

似たようなものに、「ストイック」がある。
「ストイックだよねー」と言われたことのある人は多いと思います。
でも、言われた本人に「ストイックの自覚」はないはずです。
楽だから(楽しいから)やっているに過ぎないものを、なにがストイックなのかということです。
自信と同じで、「他人から見て勝手にそう評価されるもの」であって、自分で「私、ストイックなんですよ」とは言わないでしょう。

 

どうして独立したかを考えると、「そういう生き方が楽そうに見えたから」というのが実際です。
「独立したらメッチャ楽して儲かって、ウハウハ生活でバンバンザーイ!!」と思って、27の時勘違いのもと独立したら、とんでもない。
全然楽ではなかった(-_-;)
「先生は凄いね一人でやって」と言われるたびに、「いやいや、あなたたち会社勤めしている人のがよっぽどすごいわ」って思う。
結局お互いさまで、思考は同じです。
会社勤めしている人は、「そういう生き方が楽そうに見えたから」その道を選んだのでしょう。
で、これも一緒で、やってみたら「全然楽ではなかった」という。

そう。
どの道、ツライんじゃないですか。
で、それでイイんじゃないですか。
ツラさを避けようという時点で、その人はすでにツライのです。
「なかなかツライねー」と笑える時点で、ツラくないのです。
「安定したい」という時点で、その人はすでに不安定の真っただ中なのです。
「安定ないね。リームー」と笑える時点で、不安定を愉しめる人生が始まるのです。

 

自分の思いと、他人の思い。
土台ズレているのが、当たり前。

P.S.
四の五の言わず。
自信がなかろうが、辛かろうが、恥をかこうが、やってやるだけなのですね。

やってから、考えよう。

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